私を捨てて人の為に動き、誰からも愛された大人物の西郷隆盛が、終生ある書物を“バイブル”として肌身離さず持っていたことはあまり知られていません。
その書物の名を”言志四録”と言います。
今回は、リーダーの在り方、人や仕事との向き合い方について語った”言志四録”の内容について解説します。
『言志四録』とは
言志四録とは、幕末の昌平坂学問所の儒官の佐藤一斎が、数十年にわたって、リーダーシップ、人や仕事との向き合い方、学ぶことの大切さなどについて語った随想録、現代風にいえばエッセーです。
彼の弟子には「松下村塾」で幕末の俊英たちを育んだ吉田松陰の師匠・佐久間象山や、坂本龍馬や勝海舟の師である横井小楠がいます。
つまり、彼の孫弟子やひ孫弟子たちが倒幕を成し遂げ、近代日本を築いたという意味において”言志四録”は、”明治維新の原動力”になったと言っても過言ではないのです。
まだ起きていないことを心配する必要はない
「起きていないことに対処はできないし、過去を追いかけても捕まらない。人間は常に、今のことを考えなければならない」(心は現在なるを要す。事未だ来らざるに、邀う可からず。事已に往けるに、追う可からず。[後略])
言志四録
佐藤一斎は「まだ起きていないことを心配する必要はない」、「終わってしまったことにいつまでもクヨクヨとこだわっているのは、捕まらない相手と鬼ごっこをやっているようなもの」と言っています。
その教えを大切にした西郷隆盛も、過去への拘泥とは無縁の人柄でした。
明治維新の功労者たちが、こぞって洋装で写真や肖像画を残すのを尻目に、西郷さんは自分という人間の痕跡を残すことにまったく興味を示しませんでした。
不遇な時代を味わった人は、そのときの気持ちを決して忘れるな
「暗い所にいる者は、明るい所がよく見えるが、明るい所にいる者は、暗いところを見ることができない」(晦に処る者は能く顕を見、顕に拠る者は晦を見ず)
言志四録
人は、不遇な時代は他人の成功をうらやましいと感じるが、成功者となると、かつての自分の思いをすっかり忘れてしまう。
不遇な時代を味わった人は、そのときの気持ちを決して忘れるなということを言っています。
成功したときこそ、弱者に手を差し伸べる人であれということでしょう。
西郷隆盛もまた、弱者へのいたわりを忘れない人物でした。
1864年の「蛤御門の変」で、薩摩藩は長州藩との戦いに勝利したのですが、西郷隆盛は戦後、長州藩の捕虜に衣服や食料を与え、厚く遇することを忘れませんでした。
勝者として傲慢に振る舞うのではなく、敗者をいたわる。
二度の流罪という、人生のどん底を味わった西郷さんは「暗い所」に目を向けることができる人物だったのです。
独りでいる時の在り方、大勢でいる時の在り方
「独りでいるときは、大勢でいるような心持ち。大勢でいるときは、独りでいるような心持ち。そのように過ごせば、間違いは起きない」(慎独の工夫は、当に身の稠人広坐の中に在るが如きと一般なるべく、応酬の工夫は、当に間居独処の時の如きと一般なるべし)
言志四録
人間は出世してから、その人の地金が出るといいます。
偉そうに振る舞う人と、より一層、腰が低くなる人に大別されるのです。
独りでいるときこそ大勢に見られている、という心構えでいることが大切です。
反対に、大勢でいるときは、必要以上に好かれようと振る舞うのではなく、独りのときのような自然体がちょうどよいのです。
西郷隆盛が陸軍大将のころ、軍服のまま、急な坂に難儀している車引きに手を貸したという逸話が残っています。
周りの者が「軍服で車の後押しをしては、人に笑われます」と苦言を呈しましたが、西郷はそれを笑い飛ばしたといいます。
年齢を重ね、体が衰えても心だけは自由で、老いずにいたい
「年齢には老人と若者の区別があるが、心にはない。体の働きには老人と若者の区別があるが、心にはない。だから年齢など気にせず、学んでいこうではないか」(身には老少有れども、而も心には老少無し。気には老少有れども、而も理には老少無し。須らく能く老少無きの心を執りて、以て老少無きの理を体すべし)
言志四録
西郷隆盛が『言志四録』から101篇を書き抜いた際、最後の言葉として選んだのが、この一節でした。
学問を究め、老いてなお学ぶことを止めなかった一斎先生の教えに接し、西郷さんは強く決意したのでしょう。
人を相手にせず、天を相手にせよ
「何かを成し遂げたいと思うなら、「天」に仕える心を持つことが大切である。人に自慢したいなどと考えてはならない」(凡そ事を作すには、須らく天に事うるの心有るを要すべし。人に示すの念有るを要せず)
言志四録
”南洲翁遺訓”(以下、『遺訓』)という書物は、西郷隆盛がこの世を去ったのちの明治23年(1890年)、彼に恩義のあった旧庄内藩の藩士たちが刊行した西郷さんの名言集です。
そのなかに、「人を相手にせず、天を相手にせよ。天を相手にして、己を尽し、人を咎めず、我が誠の足らざるを尋ぬべし」という、言志四録に通じる言葉が残されています。
行動や心で示すほかはない
「人から信用されることは、難しい。いくらうまいことを言っても、人は言葉ではなく、行動を信じるからだ。もっと言えば行動ではなく、心を見ているのだ」(信を人に取ることは難し、人は口を進ぜずして射を信じ、射を信ぜずして心を信ず。是を以て難し)
言志四録
人の信用を得るのは難しく、いちばん信用されないのは、口ばかりうまくて行動が伴わない人でしょう。
人は、最終的には行動ではなく、心を見ているものだと佐藤一斎は言います。
すなわち、行動に心がこもっているかということが大切なのです。
ただ志のみを強く持て
「いつも私にはこのような志があるんだという思いを強く持って、一切の雑念を排除して、自分の心に思い悩みの種を入りこませなければ、自然と心が晴れ晴れとしてくるものだ」(常に志気をして剣の如くにして、一切の外誘を駆除し、敢て肚裏に襲い近づかざらしめば、自ら浄潔快豁なるを覚えむ)
言志四録
雑念が思い浮かばないようにすると、よけいに避けられなくなります。
志はいわば雑念をバッサリ断ち切る鋭い剣のようなものなのです。
毀誉褒貶に一喜一憂するな
褒められたり貶されたり、損をしたり得をしたりするのは、人生にかかる雲とか霧のようなもので、人を幻惑する。その雲や霧を消し去ることができるなら、たちまち青い空や輝く太陽が顔を出すのだ。
照る日もあれば曇る日もあります。褒められて増長せず、貶されても落ち込まず、得して舞い上がらず、損して悔しがらず。どんなときも「平常心」を心がけることが大事だということを言っています。
仕事は上下の2人が大切
上司と部下双方からの信頼を得られれば、この世にできないことなど、何もない。(信、上下に孚すれば、天下甚だ処し難き事無し。)
言志四録
仕事を円滑に進めるためには、上司の信頼だけでなく、部下の信頼も得なければなりません。
そして、信頼を得るためには、問題が発生した際、逃げずに決然とその解決に努めなければならないということなのです。
弓を引くときは充分に引き絞れ
弓を引くとき、十分に引き絞ってから、的に当てれば、無駄な矢はない。人の仕事も何よりも準備が肝要である。(満を引いて度に中れば、発して空箭無し。人事宜しく射の如く然るべし。)
言志四録
弓を充分に引き絞ってから放つ矢のように、なにごとも準備を万端にして臨めば成果を収めやすくなるということです。
人に優しく、自分に厳しく
人にはさやかわで温かい春風のように接し、己には秋の霜の寒い身の引き締まるような凛とした厳しさで向き合い、自分を慎みなさい。(春風を以って人に接し、秋霜を以って自らつつしむ)
言志四録
人に優しく、自分に厳しくという姿勢が大切であるということです。
怒りは敵だと思え
忿(ふん)=怒りは、まさに火のようなものだ。もし着火したら早いうちに消さないと、自分自身の心を焼き殺してしまう。(忿(ふん)は猶(な)お火のごとし、懲(こ)らさざれば将(まさ)に自ら焚(や)けんとす)
言志四録
怒りという負の感情は、早くおさめないと、自分の心まで負の感情で浸食されてしまうものだということを言っています。
自分の心の掃除を忘れるな
世の中の多くの人は、自分の部屋を掃除してきれいにすることは知っていても、自分の心をきれいに洗い清めることは意外に知らずにいるものである。(人は皆一室を洒掃(さいそう)するを知って、一心を洒掃するを知らず)
言志四録
憎しみや怒りの感情などが蓄積すると、人間は知らずと不浄な考えに支配されるようになるものです。
だからこそ、定期的に自分の心を清めることを忘れてはいけないのです。
自分を信じてやるべきことをやりきる
一個の提灯をさげていれば、夜の道も、暗い闇も怖がることはない。自分の足下を照らすその明りを頼りに進めば良い。自分自身の生き方を信じて進めば、どんな時代や環境においても惑うことがない。(一燈を提げて暗夜を行く、暗夜を憂(うれ)うること勿(なか)れ、ただ一燈を頼め)
言志四録
先ばかりを見ずに、常に足元を見て、自分を信じてやるべきことをやり続けることが大切だと言っています。